カヴァフィス「声」 | 紫陽庵 casina d'ortensia
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2014.09.23 Tuesday - -
カヴァフィス「声」

こちらは、現代ギリシャの詩人さんです (1863-1933)。
と言っても、ギリシャ本土に暮らしていたわけではなく、エジプト・アレクサンドリアのギリシャ人街の出身、英国で教育を受けています。
いつか、現代ギリシャ語も読めるようになりたいなー(野望その1)。
精神科医の中川久夫氏が、本業の傍ら訳されたものをご紹介。感謝♪

カヴァフィス「声」(中川久夫訳)

死者の声。理想化された、美しい、いとしい声。
死者のでも、死者同然に近寄れない
私を捨てた人の声でも。

そのひとたちが話し掛けてくることがある、夢の中で。
深い思いに沈んでいる時には、こちらのこころが声を聞く。たまさかながら。

ああ、その音調。刹那、音調が戻って来る。
わが人生の最初の詩から帰ってくる。
深夜、束の間に消え行く遠い音楽。

(『現代ギリシャ詩選』みすず書房 1985 所収)
2008.05.15 Thursday 23:02 ギリシア語-greco-greek comments(4)
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2014.09.23 Tuesday - -
Comment

死者の声→いとしい声かぁ。

深い思いに沈んでいるとき、こころが声を聞くっていうのは、なんとなくわかるような気もするなぁ。

もしかしたら、こころが聞いている声は死者の声を借りた自分の心の声だったりするのかな???

タケシ 2008.05.2008/05/16 08:54


自分から、思いがけないことが飛び出したりもするからね♪

私は、死者からの声が、「人生の最初」に繋がっちゃうところが、気になるのでした。

やっぱり、生者は死者へ、死者は生者への循環なんでしょうかねー?!
と、プラトンの『パイドン』を思い出したのは、もうすぐこちらの読書会が、再開するからかもしれませぬー。


でも、私を捨てた人というのも、気になるわ。
何が「死者同然」なのかな。
呼びかけても届かない人?
呼びかけることも拒絶する人という気もする。
それなら、死者の方がまだ近しいかもね。

ahirucci 2008.05.2008/05/19 17:01


ぬーん!
死者からの声が「人生の最初」につながるのも、「死者同然に近寄れない私を捨てた人」も気になるねー。

やはり、生と死は端と端ではなくて、同じところにあるってことなのかな?

私を捨てた人も、拒絶と取るなら、死者の方が近いかもしれないなぁ。
この場合は、捨てる→無関心よりも、拒絶ってイメージだね。

タケシ 2008.05.2008/05/19 17:22


関係あるようなないような話。

最近流行ってた曲(そばにいるね(だっけ?))を聞いて、私は、これって死んだ人向けでも、よくない?と思ったのでした(笑)。

だって、ちょっと念仏というか、呪文(鎮魂?)みたい・・・。

もちろん、ちゃんと聞くと、ああ、生きてるのね、というか、遠距離ねってわかるし。電話したり、メールしてるってわかるんだけど。
でも、基本としては、死んでても実はよかったりするのかなー、いや、そこまでの話はしてないよなーとか思ってしまうのでした。


遠距離って言えば、いま思ったけど、オデュッセウスとペネロペーとか究極の遠距離婚だね。
生きてるのか死んでるのかわからないまま、二十年!

ahirucci 2008.05.2008/05/24 00:05