スピノザごちゃごちゃ | 紫陽庵 casina d'ortensia
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Material : shepe

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2014.09.23 Tuesday - -
スピノザごちゃごちゃ

細切れの情報を
忘れてしまう前に書いておこう。


まず、「実体」は「神」のみ。

そして、その実体=神の本質を表現するのが,「属性」
(神は無数の属性を持つが,人間に与えられているのは,延長属性と思惟属性の二つのみ)

さらに、世界のあらゆる存在者は、神の「様態」。
(人間でいうと延長属性のもとでは身体、思惟属性のもとでは精神(=身体についての観念))

?あらゆるものが神の変化形だとすると、それぞれの違い(人間と犬の違いやら,田中さんと渡辺さんの違い)は何に由来するのかね?


まずまず、形相的formalis と想念的objectivo
 形相的が、あるものそれ自体の在り方をさすのに対し、想念的は、対象に向かう志向性をさす。
 思惟属性のもとに生み出される様態(=観念)のみが両者を備えており、その他の属性の様態(延長属性のもとでは身体や物体)は、形相的存在のみを持つ。

 哲学史的にいうと、スピノザが初めて観念に形相的存在を認めたことになる。このことから結果するのは、(1)他のものの原因になれるということ、(2)観念の対象になれるということ、この二つ。 前者は、思惟属性における原因結果の連鎖を可能にし、後者は、観念の観念を可能にするのでした。


いよいよ、二つの平行論
1)属性間平行:延長属性と思惟属性、その他無数の属性は、相互に因果的に独立。各々の属性において,独自の原因と結果の連結と秩序が成立。したがって、問題になるのは形相的存在。
 →ここから、精神が身体に影響を及ぼしたり,逆に身体が精神に影響を及ぼしたりすることは除外される。

2)認識論的平行:精神(思惟属性の様態)は、身体(延長属性の様態)「についての」観念である。各々の属性における因果的連鎖は
独立でありながら,常に一致する。

そして知性とは、原因の認識,ということらしい。


神の力能は二つ:存在(有)と思惟
(これは、二つの属性に対応している,ということかな)


観念の観念:神はあらゆるものを思惟するので、ある「観念」についても「観念」を持つ。観念に対し「観念の観念」は、身体に対する精神と同様に認識論的平行の関係にあるが、観念から「観念の観念」には介入できない一方で、「観念の観念」から観念には因果的介入が可能である。
 というのは、「観念の観念」が十全、妥当なものである場合、その形相的存在は、自身が想念的存在として対象としてきた観念そのものに一致する。つまり、「観念の観念」は観念自身の自己反省となる。身体についての観念として身体に起こる変化への追随に終わるのではなく、自己の形相的存在についての観念となるとき、その観念は、自身が思惟属性内における因果的連鎖と秩序の中にあることを認識する。
 この点が、必然主義的平行論に、倫理の可能性を開く。

?観念が自己反省したとしてもなお、それは身体についての観念でもあるはずだとすると、どういう仕方か知らないけど観念の変化に同時でありつつ追随する形で身体の側も変化を被るということ?


ひとまず、こんなところ・・・。
2005.09.04 Sunday 23:05 哲学-filosofia-philosophy comments(2)
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2014.09.23 Tuesday - -
Comment

むむぅ……。恐ろしや。あんな短時間しか居なかったのに、なんと正確な。

ほとんど完璧です。あわわ……

今までそんなにスピノザの話したことあったっけ?どちらにしてもすごいな(驚嘆)。えぇと、一点だけ、活動(存在)力能は、延長属性に対応するのではなくて、すべての属性に対応します(つまり属性間平行をもたらす力能)。無限に多くの仕方で無限に多くのものを生み出す力、です。

ちなみにこれに対して、思考力能と活動力能の等価性が、認識論的平行として現れていることになります。

hilarious 2005.09.2005/09/05 21:53


わーい。
ほめられた☆

たぶん聞いたことがあるんだろうね。
でも、きっとまたすぐ忘れるよ(笑)。

ahirucci 2005.09.2005/09/05 23:03