プラトン『パイドン』想起説へ | 紫陽庵 casina d'ortensia
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2014.09.23 Tuesday - -
プラトン『パイドン』想起説へ

生まれる前のこと、胎児の頃のことを覚えている子供って、結構いるそうです。
二、三才で記憶が入れ替わって、忘れてしまうという。

でも、いっぽう、ある脳科学の本によれば、記憶を司る海馬は、胎児期には形成されていないとか。

私としてはおぼえててもおかしくないよなーと思っているのだけど、うちのミニな人には、訊くタイミングを逃したかなぁ。まだいけるかしら?
こちらの尋ね方に、恐ろしく左右されるので、それもまた、むずかしい。
おぼえてるー?と訊けば、たいてい、うん、おぼえてる♪ と答えるような(笑)。

肯定否定が曖昧な場面では、こちらの期待する返事を返そうとする本能が働いていると推察されます。

会話してるとよく思うのだけど、お子ちゃまって、何よりもそれらしさが重要。
おもちゃの携帯で話してる様は、相当なもんです。フライパンをまぜまぜしてるところも堂の入り方に呆れるね。

さらに、ミニ同士が話している様子は、かなりおもしろい。
「今日、ブーブーじゃないの?」
「うん、そうよっ。バスに乗るのよっ♪」
って、なんか、ミニミニとそれらしい(笑)。

さて、循環説、反対物からの生成による魂の不死の証明の後、

「学びとは、想起である」、という話も、魂の不死を傍証することになる、だって、あることを学ぶ=思い出す前に、つまり人として生まれる前に、そのことを学んでいなければならないから、

と、いわゆる想起説の話に突入します(72e3-77a5)。

 想起説については、この対話編以外では、『メノン』が有名。『バイドロス』でも出てきます。


ソクラテス曰く、
想起とは:あるもの(A)を見るなり聞くなり感覚して、A の知識だけでなく、それとは別のもの(B)の知を得るとき、それを想起ἀνάμνησις という。


A(少年のリュラ)の感覚 → A の知識+B(少年)の知識
A(シッミアースの絵)の感覚 → A の知識+B(シッミアース本人)の知識

ここで挙げられること
(1)想起とは、特に、忘れていたものの場合をいう。
(2)上の例から、想起は、「似ているものから」と「似ていないものから」生じる場合がある。

←たぶん、ここで語られる知識ἐπιστήμη は、かなり緩い。後に、「知っている」とは、説明を与えることができる状態だと言われますが、そうした含意はあまり感じられない。


続いて、
(3)似ているものから、あるものの想起を得る場合には、喚起するものが、想起されるものに、どれほど似ていないかを合わせて考えてしまう。
(つまり、シッミアースの絵を見ると、シッミアース本人に比較して、どれほど似ていないかを見積もってしまう)

←これが、ミソかな。似ているもの同士は、序列があるというか、別次元に属すものとされる。
 でも、たとえば、一卵性双生児はどうなの(笑)。似てるもの同士だけど、どちらがオリジナルというわけではないよね・・・?


 これ以降、「等しいものども」と「等しさそのもの」の話に以降。
 「等しいものども」を感覚し始める前に、比較対象である「等しさそのもの」を知っていなければならない、という主張から、生前に「等しさそのもの」について我々は学んでいる、したがって、我々の魂は生まれる前から存在していた、と話は進みます。


←感覚は、比較を伴う・・・・どうでしょ?

感覚、知識、学び、想起、などなど。ひとまずこの辺で。
μάθησις
ἐπιστήμη
ἀνάμνησις
2006.11.17 Friday 16:56 哲学-filosofia-philosophy comments(0)
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2014.09.23 Tuesday - -
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